夜会:「リトル・トーキョー」じわじわ来る感想

夜会:「リトル・トーキョー」じわじわ来る感想
公式サイトはここ
https://miyuki-yakai.jp/schedule.asp


終わってから、事あるごとに頭に浮かんだ感想です。
それは
「かもめ」つながりの二人。
渡辺真知子さんと中島みゆきさん。
さらに、そんなにデビューも変わらない。
まあ、歌詞の一部


「かもめはかもめ」
あきらめました。あなたのことは

あなたのそばに誰がいてもうらやむだけ

かもめはかもめ、孔雀や女にはなれない

 

 

「かもめが飛んだ日」
あなたを今でも好きですなんて

港を愛せる男に悪い人はいない
そして私は振り向いてもらえない

以上は
「かもめ」つながりの歌詞です。
前者は中島みゆきさん
後者は渡辺真知子さん。

この二人が姉妹。
歌手としては中島みゆきさんが先輩。
でも「夜会」では逆。
二人が立つだけで
当時の郷愁もあります。
ストーリーにはない、「郷愁」もテーマなのかもしれない。
そう、あの頃を共有した人たちの脳裏に浮かぶ景色。

この二人の存在自体に
上記の歌詞のような意味があるのでは?とずっと考えておりました。

さらに
舞台を見てから、
なにかを解放すること、がテーマのような気がしてならない。

それは野生を取り戻す、人間の世俗的な部分を取り除く、で
表面的には問題ないのでしょう。

ただ、
女として、同じ土壌に立っているという気がすると
この歌2曲にたどり着きました。

犬には狼にはなれない、杏奴。(「かもめはかもめ」)

いや、何もほかのことを考えるな、
自分の領分にいなさい、それがリトルトーキョー
自由な世界。

すごく曲解ですけど、
LGBTに対しても、自分の素のままで、という応援歌かなと。

リトル・トーキョーの歌そのものも応援歌。
クリスマスなんて、すっとんでしまったのは、恋愛の
話題に触れられたくはないから。

少しそんなことを
日々徐々に感じました。

だから、いまこそ、自分に素直な愛を。
年代なんて関係ない。自由さ。

ともとれるかな、と

夜会20「リトル・トーキョー」AT 赤坂ACTシアター

夜会20「リトル・トーキョー」AT 赤坂ACTシアター
公式サイトはここ
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人間が自然を壊していく。
そして居場所がなくなっていく動物たち。
自然破壊。
人間は開拓したところに
好きなように娯楽施設を作る。
リトルトーキョー
そう、日本人ならば
進出したところに作る日本人街
そこでさも、自分たちの世界だと勘違いして街で暮らす。

自分たちの居場所を追いやられた動物たち。
その中でも至高の存在の狼。
犬は人間に飼いならされたが
狼は、そうではない。
しかし
狼は動物の一種に過ぎない。
人間の愚かな行動に対して意見などしない。
その人間の愚かな行動に鉄杭を下ろすのは
「自然」である。
そう雪崩もしかり。

動物の本能は自然に対して無力であるが無抵抗でもある。だから、自然に従う。
自然も、恣意性のない本能で生きている動物は助かる程度に猛威をふるう。
勘違いした人間は
変に考え違いをして身を破滅させる。傲慢な人間は自分は助かると最後まで信じ
ているのだ

山犬は狼、熊は熊で、ともに野生。そして、野ウサギ。

中島みゆきさんは
前作「橋の下のアルカディア」でも人間の愚かさが根底のテーマにあるような気
がする。
今回もそう。
そろそろ人間よ、気がつけ、と言わんばかりに。

そして、土地の記憶は大自然の世界。
そこに電気や建築、熱源(暖炉)などを持ち込み生活する人間たち。
その流れは地球全体で進行している。
バランスが崩れているのだ。
だから雪崩が起きる。自然が猛威をふるう。

しかし
匠さんの役は中島さん
そのもののでもあるかの如くに思えて仕方ない。
何か自分の境遇も姿を変えて歌わせているような気がする。
そうすると
狼と人間、
男と女入れ替わるという
この「夜会」の真髄があるという感じでもあるのです。それは私の考えすぎなのかもしれない。
しかし
昔の思い出を歌っているような気がしてならないのです。心のどこかにある人を。

さらに、もっと言うならば時代も
平成が終わる中、昭和に対する、ノスタルジックなものが舞台の上で繰り広げられる。


すなわち舞台「リトルトーキョー」は
自分の過去を思い出すところ、
さらに、一昔前を思い出すところ、
そして、そんなことを勝手に思い出してノスタルジーに浸るなよ、人間よ。
自然は怒っている。野生はどんどん声なき声で消えていくのだ。

うーーん。でも、私人間。世界のどこにでも
自分たちの憩いの場所を作って好きにやるのさ、
そして
今宵、赤坂、ACTシアターでみんなと「リトル・トーキョー」を歌うのさ。
という感じでしょうか?
すごく楽しかった。

まだまだ現役感充満していたねえ。

2階の席で怒っていた自分が恥ずかしいくらいに、見やすかった。オケピのバンドメンバーまで見えたしね。

たぶん、明日まで「リトル・トーキョー」って頭の中で歌っているのさ。

ふん、私の勝手だぜ。

Google+のブログがダウンしている「本日の占い」更新済み

Google+のブログがダウンしている「本日の占い」更新済み
「本日の占い」更新してありますが
ブログではGoogle+のみと連携しております。
現在
Google+がダウンしているため、HPのみで更新を確認できますのでご利用ください。

意味不明な方は
ご連絡いただければ対応いたします。

本日13時過ぎ奥沢:とんぼ返り

本日13時過ぎ奥沢:とんぼ返り
本日遅くても13時30分には店を出て
自由ヶ丘に向かいます。
そして、終わったら
全くよそ見をせず
ひたすら店に戻って来ます。

夜の部は満席ですので
一応店にはいますので
電話などの対応はできると思います。

まさに忙しく、自分でも目が回るような日程ですが
HPもいろいろ、今進行中のものが確定しましたらUPいたしますので
お待ちください

 

白のみそ汁

白のみそ汁
今朝思ったのですが
最近作るみそ汁は白い、ということ。
きのこも舞茸やしめじだとそこでもアクセントがつかなかった。

ちなみに本日の具は
しょうが、大根、長ネギ(この青いところが一番色があるが煮込むと消える)
玉ねぎ、白菜、しじみ
です。
色が白いですよね。
それで白みそ、というわけではないですが、大根系は白みそ、
ただし、しじみが入っているので、八丁味噌との合わせ。

バランスが悪いのか、と考えますが、おいしいのでそれでよし。

それにたまご落とします。

「いだてん」の脚本:演出

「いだてん」の脚本:演出
いろいろと批判ばかりが出てますねえ。
まあ
俳優を投入しすぎたからねえ。というのが率直な感想。

ただ、クドカンのドラマに関しては「あまちゃん」でその評価は揺るぎません。

いま「あまちゃん」の133回あたりを見ております。
そこでは
ちょうど東日本大震災が起きた後までが描かれてます。

なんで、クドカンのドラマは視聴率が低いのに、ということに関しては
あまちゃん」は朝ドラをまた,世間の表舞台に出した作品であり、
それまでちょこちょこ出ていた若手を一気に表舞台に出した作品です。
あまちゃん」より前に、こんな作品はなく、そのあとも
こんな作品はありません。

あと、「いだてん」について私もよく引用する「タイガー&ドラゴン」
も実験的ドラマでした。
ここで10年以上も前に「いだてん」と同じ手法を使っていたのにもかかわらず
たけしさんは「クドカンは天才だね、私に落語を語らせて、それが狂言回しになるんだから」というようなことを言っていたが
それはこの作品を知らなかったのでしょう。
知っているものからすると、二番煎じ。
さらに、落語の語りに関しては、笑点の司会者あたりが本物ですし、あっていたんではないかな?
もし真剣に落語を語るならね。

そして「フルーツ宅配便」の感想のところでも書いたが、
松尾スズキさんでは荷が重たかった。あれも貫禄がなさすぎる。
ここも本職が良い。それか芸能人で落語をやっている風間杜夫さんあたりが最高でしょう。

さらに、
主人公の魅力が若干弱い。
日本初のメダルとか、とっているならまだしも、
胡散臭い、世界記録をはやし立てられた日には、本当に測量したのか?
など世界から問題提起されてしまうような気さえする。
本番で勝つ、いわゆる公式記録に残る話が良いと思う。
実際にストックホルムでは全く論外の成績で
これから描写するであろう、とんでもないエピソードがある。
いままで歴史で脚光を浴びていない人をつなぐというのも一つの手段ではあるが、何せ
記録に魅力がないのである。

また音楽も
魅力に欠ける。どんどん、既存の曲を、当時の曲をどんどん使ってもよいと思いますよ。


もう一度、再確認すると
あまちゃん」の成功は
薬師丸ひろ子という、角川で一時代を作った女優と、
小泉今日子という、最後のアイドルスターみたいな人たちが、当時を語るという
視聴者の記憶に訴えかけていた部分も大きい。思い出してみると
尾美としのりさんはこの二人、薬師丸さんとも小泉さんとも映画で共演しているんですよ、
このように昔の関係がかぶっている点もすごく大きいと思うし、
主人公の「のん」も「あまちゃん」の前に出演した映画あたりから比較すると
あまちゃん」初期でも変わったし、終わりの方にかけてどんどん自信をつけて成長していくさまが見て取れた。
それこそ女優の誕生を見ていたんだと思う。
その点でも、「いだてん」は何らキャスティングに被るものはなく、今旬な俳優を揃えているだけです。
そして俳優たちもすでに成長してしまった主役級ばかり。
それも違う点でしょう

また「あまちゃん」は舞台出身の俳優が絶妙の間で演じていたと思う。その辺がスムースに画面が流れていた要因だったのではないか?
木野花さんの芝居、渡辺えりさんの芝居、新感線の古田新太さんの芝居、などを見ればすぐにわかると思います。
私から言わせると
大人計画木野花さんの劇団や渡辺えりさんの劇団よりも下だったと思います。
片桐はいりさんがいた「ブリキの自発団」なんかもかなりの劇団でしたよ。

今度、NHK大人計画と心中するような企画があるが、あれも大丈夫なのだろうか?

しかし、クドカンはいま脚本をどんどん手直ししていると思いますので
面白くなっていくことと思います。
ヒントは、視聴者に懐かしいとか、そうそう、と思わせることが大事ではないかな?
という前にクドカン、親せきで明治生まれの人と生前、接していたんだろうか?
ギリギリの年齢ですよね。そこも聞きかじりではなく、自分の体験を真摯に活かしてほしい。

怖い筋の人もその世界の仁義というものがあったように思うよ。私は横浜だからねえ、知っているのさ。

昨日の新横浜周辺の感想

昨日の新横浜周辺の感想
昨日、あまり新横浜というところに
新幹線、横浜アリーナ、日産ナリーナ以外に出かけることがないので
驚いた景色について。

 まず、前回の米津玄師のライブの時も感じたのですが
地元の人に少しヤンキーが入っている。
不良のイメージというものを港北区に感じてはいないのですが
そんな感じでした。
普通はどう見ても、横浜は海沿いの方が危ない雰囲気充満しているんです。

あと、少し離れると、のどかな景色になる。
なんというか、畑があって
富士山が大きく見えて、余っている土地に高速道路を縦横に走らせているという景色には
横浜もまだ土地があるんだなあ、と思ったものです。
休憩を、何も開催されていない「日産スタジアム」のトイレの近くでしたもので、
すごくこのことを感じた。

しかし、都市としての機能も含めて、新横浜から、みなとみらいへ移動をする時期かな、というのも感じました。

横浜アリーナも「ぴあ」のみなとみらい地区のアリーナが早くできて代替してほしいと思う。

都市という意味でも
一度大きくはなった後、新横浜はそのあとが続いていない印象しかなかったです。

少し郊外のテイストの方が
新横浜には合っているなあ、と感じました。

よく、ライブ会場で
横浜アリーナが人気があるけど、
実際横浜の人間にとっても
遠いという印象しかないんです。それなのに、人気があるというのも?不思議な感じがするし、
来てみて、新横浜を歩いて
感じるものを横浜のイメージだと思ってもそれも違うのでは?と思います。

ここまで書いてやっと書きたいイメージが見つかった。
新横浜は一度、都会的にどんどんなっていたが
今はどんどん周りの郊外から田舎が進行している、という感じでした。

新横浜の東急線側は菊名ですが、菊名東急線のイメージで安定しているし、
JR側は小机ですが、ここも、昔のお城があったという印象でその観点歩いてみると面白い。
菊名と小机はともに隣ですがイメージが新横浜と違う。
そのイメージの違いは作られたもの
というありきたりなことを再発見した一日でした。

私自身昔はテニスも新横浜まで通っていたが
今では
横浜アリーナくらいにしか出かけなくなっている。