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ちなみに前回の「愛の伝説」の翌日のブログ、また掲載

ちなみに前回の「愛の伝説」の翌日のブログ、また掲載
こんな感じになると思いますよ。ボリショイバレエの公演「パリの炎」の翌日

引用
昨日の「愛の伝説」の余韻
いまだに昨晩の「愛の伝説」の余韻を受けております。
話は悲劇的に終わるのですが
何か余韻は違う。
昨日電車の中で、だいたいの感想を書いたのですが
第2幕、第3幕と
シリンの心の王宮、バヌーの同じく心の王宮、みたいなものが対比されていて
女性の気持ちを描いたのか、と思います。
しかし
舞台上では
軍隊も辞さないという激しさをもって表現され、
まるで戦い。
周りの民衆、ないしは近衛兵、軍隊なども
踊りの振りは
独特のものがあり、「オリエンタルの香りに触発され」という言葉がぴったりの
舞台全体のトーンでした。
あとところどころ
スパルタクス」と似ている表現があり、
グリゴローヴィッチの振り付けのパターンを垣間見た気がします。
こんなことを書いていても
踊りながら整列をする近衛兵、村人、
水が引けたときの水の精のようなベールの踊り、さらには
シリンとフェルハドの愛の踊り、
バヌーとフェルハドの(夢の)愛の踊り
さらにはさらには
バヌーの怒りの踊り(これ迫力があった)などなどを本当に思い出します。

基本的に病気の妹を思いやる気持ちが
嫉妬に変わり、だれもハッピーにならないという非生産性の話ですが
村人は水の恩恵を受けるのです。

たぶん、グリゴローヴィッチは幼少期
ソビエトの教育を受けていることが
振付に大きく関与していると思います。
それは本人が選択できない時代の所与の環境であり、
それがかえって、今となると、とても良い彼のオリジナリティになったのだなあ、と思う所存です。

スパルタクス」なんてそのままですから。

ソビエトの教育も本当は悪くはないのでしょう。その中で抑圧されたときの開放感を
存分に味わうことができるので
すごく後味が良いのではないでしょうか?
スパルタクス」では農奴解放
「愛の伝説」では帝政の貴族の中での恋愛は、庶民以上に激しい、
しかし結局は庶民が水を得る、勝つ。
そんな感じを受けました。
音楽がハチャトリアンクラスだったら、舞台終わって呆然としていたことでしょう。
本当によかったなあ。

ここまで

たぶんこの余韻をまた味わいたい