読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

8 1/2

8 1/2 
久しぶりに観ましたが
いいですねえ。
まあ映画監督の話ということはさておき、
映画全体が
今の喧騒を表しているみたいで
すごくしっくりと心の中まで入ってきました。

たぶんこの映画って映画史に残っているので仕方なく見ている人が多いと思います。
しかしその良さはわからないまま
自分の意見を語っている場合があるのではないでしょうか?
かくいう私も若いときはこの映画の良さがわからないままでした。
単に
ニーノ・ロータの音楽が良いとか
クラウディア・カルディナーレの美しさなどを語っていたと思います。

今回見て思ったのは
いろいろな出来事を
デジタルディバイスと思って考えると
現代の私たちは、まさにあの通りの喧騒の中で
デジタル機器を使いこなしているつもりになっているのではないでしょうか。
その感じが
すごく映画にあふれていて
ひっちゃかめっちゃかだが
どこか最後に帳尻が合うという流れがすごくしっくりと来たのです。
これって映画の評論ではないです。
単に今の生活リズムに
ぴったりとあてはまっていて、
その中でいろいろな音楽が流れ、時間は過ぎていく。
その音楽も
街でいろいろと流れていると思うし、自分で好きにチョイスした場合もあると思う。
その組み合わせは無限。
ここでも
ワルキューレから
セビリアの理髪師
くるみ割り人形
ドイツ語の歌
めちゃくちゃな組み合わせです。
いろいろな価値観で街に音楽もあふれているし
場合によってはこの音楽は、他人の生活のリズムだと考えることもできる。
そうなるといろいろなリズムがあり、
自分の生活はそれに合わせるのか?それとも拒否するのか?迷う。
その中で
生活するという結果を生み出している。
そう、まさに現代の
各個人の意思決定の様を示しているような感じです。
パーティーがあり、何がありといろいろと
予定も入ります。
でも何か結果を残すでしょう。
これだよ、と思ってみておりました。
もうSNSでいろいろな人の画像や動画も入り乱れていろいろな価値観が流れている現代。
でもつじつまあっているでしょう?いやあっていない?
あっていないならこの映画のとおり。

随所随所でいい映像、いい音楽が流れてくるけど
実は生活なんですよ、と思ったのです。
深く考えることはない、
他人は様々。自分の思い通りにはならない。
単にそれだけ。
そうなると楽しまなければ損。

逆説として「生きていることは素晴らしい」と言いたいような感じさえしました。
いま年を取って
改めてみるとすごく心の中に入ってきました。
これを若いうちからわかっている人ってすごいな。

以上、あくまで映画の感想ではなく、今の自分が受けた印象とそこから感じた
心の中の作用をまとめただけです。悪しからず。
しかしかっこよい。だから映画なんだよね。